1988年発行の本。立花隆の「青春漂流」を読んだ。電車の中で読んだが、結構早くに読み終えることができる。内容は、立花隆氏による青春を突っ走った11人の男たちへのインタビューをまとめたものになっています。古い本だけど、今読んでも特に気にならない。氏によると「恥なしの青春、失敗なしの青春など、青春の名に値しない」。大学生までが青春などということもない。時間ではないと立花氏。青春だななんて考える間もなく、いつの間にかに過ぎ去っていく、過ぎ去っていったくらいに「あれが青春だったか」とふと思うようなそんなものなのかもしれません。
僕が今読んでも、特に気にならないと思うのは、やっぱり「青春」というのが、時間に左右されるものではないからだと思う。その人の「その時」の一生懸命さがその時の苦しい経験や迷える時をくぐり抜ける原動力となっていくのだろうと思います。猿回しの村崎太郎の話なんかすごく面白かった。昔の日本には猿回しがたくさんいたけれど、時代ともにいつの間にか姿を消していった。父親の義正に「猿回しになれ」と太郎は言われた。太郎はやってみて、挫折しつつ、猿のサブローを練習で死なせてしまった。その日に公演する予定があった。周囲からは公演中止にしたらと言われる。精神状態も不安定だった。しかし父親は「公演に行け。歯を食いしばっても、舞台をつとめろ。どんなに辛くても、お客さんの前では笑顔を忘れるな。」と。猿を殺してしまうほど真剣にやっているんだとお客さんに分かってもらうためにも懸命に舞台をやった。
本には他にも、ソムリエの田崎真也氏の話もある。彼は高校を2年で中退している。その後、単身で渡欧し、最初のうちは知らぬ地でノイローゼ気味になりながらもワインの生まれる畑に各地を点々と自らの足で見聞していく。すごく力のある人だと思う。今でこそやさしい感じの顔をテレビで見るが、もっと若い頃は無茶もされていたんだと思うと自分が情けなくなる。。当時の様子や荒れ狂う感じの様子がよく分かる精肉職人の森安常義氏の話もおもしろい。各人のエピソードもそうだが、印象に残っているのは中盤のフレーム・ビルダーの長沢義明氏の最後の部分にある立花氏の言葉で「芸術家や職人など、一芸一道を極めた名人、達人たちが、その極意を問われたとき、結局、それは型をつかむことだと答える人がほとんどなのである」。これです。