ここにいる意義

前回のGoogle社員の人の話と少し近いかもしれませんが、今回は僕自身や周辺について少し書いてみようと思います。制作現場にはいろんな人がいますが、思うのは制作の人間は、本当にコミュニケーションが好きか? あるいは得意か? または積極的になろうとしているか? といった疑問があります。「制作」そのもの、作ること自体に面白さや集中力を注ぎ込むのは良いと思うのですが、私見もありますが、偏っている印象があります。“たしかに言われた要件”に対して、より良い動きやデザインで提案できるのは、素晴しいことだと思います。ところが、どうやらそこまでといった感じも否めません。デザインやFlashの見せ方、動きが良いなんてことは逆に誰でも追求すれば、実現できるようにも思います。

作ってるモノは、自慢もしたいし、いろんな人にも見てほしい。そんなことくらいしか見えてこなかったりすると、勿体ないなと思うようになりました。自分の感覚だけかもしれませんし、制作者としては、きちんと要件を実現していると主張すれば、そこまでの話なわけですが、もっとクライアントにしても、社内の人間どうしにしても、第三者に対してもオープンに話をすることで、クライアントの気づいていない部分を見つけられる可能性もあるかもしれません。自分のいる場所、要求されていることだけの実現を守備範囲にするのではなく、もう少し遠くの方を見たり、クライアントをガイドしてあげたり、情報を共有したりすることでお互いが関係していけるのではないかと思います。広告やWebをつくるのなら、もっとクライアントやチームの人、ステークホルダーの人達と積極的な関係を構築していくべきではと思います。でも、実はこれって別に広告もWebも関係なくて、人間としてだったり、社会人として必要なことなのかなとも思えます。少し偉そうに書いてしまいましたが、自分がそこにいる意味を自分なりに定義づけて、膨らましてもよさそうです。

  • ティッシュ

    う~ん。漠然とした表現過ぎていまいち何がいいたいのかわからん。

    オープンに話をする?積極的な関係を構築する?

    ↑具体的には何が現状と違うの?

    日本語の読解力をつけようと思います。。。

  • nao

    あんまし気にしないでください。ちょっとふらっと書いてしまった感ありです。ぼやーとしてますので、読解力は必要なしです。ぼやきました。

  • ティッシュ

    すんませんです。
    ブログとは、徒然草ですものね。

  • http://sunday39.seesaa.net/ kiyo

    久しぶりです。
    「制作者」という立場でものを言えるわけではないけど、やっぱり自分が創った物を自慢したいと思うよな。「これすごかろ?ねっねっ!」って。でもクライアント的にはそこまでは(いらないよ)って。
    独りよがりに陥りがちになるわけで。
    俺は創るというか「お話」しか創ったことはないけど、自分の場合は「クライアント」はいないわけで自分の好きなようにできるけど。
    自分と相手がいて、作品を創っていくうえでコミュニケーションというか、相手が「そこまでは。。。」という考えでも話し合って、「そういうことなら、そうしてみよう」という擦り寄るというかコラボ??ちょっとニュアンスが違うかもしれないけど、「三人寄れば文殊の知恵」的な感じ??

    ちょっとお酒を飲んだ上でのコメントゆえ、かなり的外れのことを書いているかもしれんが許してください。

  • nao

    >kiyo
    サンキューコメンツ。まっとった。(笑
    文殊の知恵的な感じを制作に関わるなら、もっともっと出していこうとする、その姿勢というのか。そういうのが自分も含めてもっとほしいなと感じるわけです。何か不足しがちなビタミンみたいなさ。なんとなく、無関心というか、自分の仕事さえ要件満たせば良いみたいなのって、なんだかなと思ったことがありまして。「甘ちゃんじゃね?」的なえらそうな意見であります。今度飲みましょう。

    >ティッシュ
    でもあれですね、公開している以上、徒然も良いけど、なにかないとだめですよね。だったら、ローカルでWordに書いてけって話になるね(爆)。